| Home |
2006.06.19
日常の崩壊
その日は比較的、仕事はスムーズにいった。
朝からイライラさせられたものの、
その後の訪問先では、資金繰り難から借入を一本化し、
月々の返済額を少なくする手助けをした玲子に
深い感謝を示された。
確かに少しはいい借入条件にはなったが
返さなくていいわけではない。
そんなにお礼を言われるようなことではないのだが
ひとつ役に立てたと思うと
玲子は誇らしく、またホッとする気持ちにもなった。
「今日はゆっくりDVDでも見るかな」とひとりごとを言い、
早々に事務所を後にした。
帰れる時は早く帰る。
きっちり仕事とプライベートに区切りをつけないと
だらだらと効率の悪い時間を過ごしてしまうと
玲子は常々思っている。
だから家にいるときは仕事のことは考えない習慣が身に付き
今は、週末など仕事のことはチラリとも思い出さない技を会得していた。
とはいっても、顧問先から容赦なく携帯電話を使って
意識を戻させられる時はあるが。
だがそれでも用件が済めば、すぐに忘れることができるようになっていた。
悪くない気分で自室に到着した玲子は、
マンションのドアノブに何やらぶら下がっているのに気がついた。
地方銀行の支店長の名刺と
菓子折りが入っている。
名刺には「またお伺いします」と書いてあるが
玲子には何のことかさっぱりわからなかった。
名刺はともかく・・・菓子折りって・・・??
たまに住宅ローンの借り換えだとかで
銀行員が営業に来ることはある。
しかし、この名刺は近所の支店ではなかった。
玲子は確かにこの支店に口座を持っている。
以前の職場の給与振込用の口座だった。
だが今の職場に入社したとき、他の銀行を指定してきたので
ほとんど使わなくなったのだ。
使うことがあるかも。とそのまま温存させていたが、
つい1か月ほど前、久しぶりに使うことになった。
口座を変更したとき、引き落とし指定も手続きを済ませていたが、
デパート専用のクレジットカードだけは
滅多にそのクレジットカードを使うことがないので
変更するのを忘れていたのだ。
カード会社から「支払い不能のおしらせ」という通知が来てから
玲子はそのことに気づき、慌ててカード会社に連絡をとった。
「1週間後にもう一度引き落としをします」
という返答だったので、以前の口座に現金を入金した。
それっきりだ。
しかし気味が悪い。
取引再開のお願いにしてはなんとも仰々しい。
部屋に入り留守電のチェックをする。
最近はほとんど携帯に連絡があるし、
番号非通知は着信しない設定にしているから
メッセージが入っていることの方が少ないのに
4件のメッセージが入っていた。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「もう・・帰った早々・・・」また少しイラッとしつつ
インターホンをとる。
「高橋玲子さんでいらっしゃいますか。
私、ヤマト銀行 港支店の 津田でございます。」
さっきの名刺の支店長のようだ。
「ご提案がございましてお伺いいたしました。
少しお時間いただけないでしょうか。」
丁寧な口調で推し量るように話す。
まあいい。菓子折りのことも聞けると思い、
玄関を開けることにした。
口調に合わせた丁寧な挨拶をした支店長、
そしてもう一人連れていた。
朝からイライラさせられたものの、
その後の訪問先では、資金繰り難から借入を一本化し、
月々の返済額を少なくする手助けをした玲子に
深い感謝を示された。
確かに少しはいい借入条件にはなったが
返さなくていいわけではない。
そんなにお礼を言われるようなことではないのだが
ひとつ役に立てたと思うと
玲子は誇らしく、またホッとする気持ちにもなった。
「今日はゆっくりDVDでも見るかな」とひとりごとを言い、
早々に事務所を後にした。
帰れる時は早く帰る。
きっちり仕事とプライベートに区切りをつけないと
だらだらと効率の悪い時間を過ごしてしまうと
玲子は常々思っている。
だから家にいるときは仕事のことは考えない習慣が身に付き
今は、週末など仕事のことはチラリとも思い出さない技を会得していた。
とはいっても、顧問先から容赦なく携帯電話を使って
意識を戻させられる時はあるが。
だがそれでも用件が済めば、すぐに忘れることができるようになっていた。
悪くない気分で自室に到着した玲子は、
マンションのドアノブに何やらぶら下がっているのに気がついた。
地方銀行の支店長の名刺と
菓子折りが入っている。
名刺には「またお伺いします」と書いてあるが
玲子には何のことかさっぱりわからなかった。
名刺はともかく・・・菓子折りって・・・??
たまに住宅ローンの借り換えだとかで
銀行員が営業に来ることはある。
しかし、この名刺は近所の支店ではなかった。
玲子は確かにこの支店に口座を持っている。
以前の職場の給与振込用の口座だった。
だが今の職場に入社したとき、他の銀行を指定してきたので
ほとんど使わなくなったのだ。
使うことがあるかも。とそのまま温存させていたが、
つい1か月ほど前、久しぶりに使うことになった。
口座を変更したとき、引き落とし指定も手続きを済ませていたが、
デパート専用のクレジットカードだけは
滅多にそのクレジットカードを使うことがないので
変更するのを忘れていたのだ。
カード会社から「支払い不能のおしらせ」という通知が来てから
玲子はそのことに気づき、慌ててカード会社に連絡をとった。
「1週間後にもう一度引き落としをします」
という返答だったので、以前の口座に現金を入金した。
それっきりだ。
しかし気味が悪い。
取引再開のお願いにしてはなんとも仰々しい。
部屋に入り留守電のチェックをする。
最近はほとんど携帯に連絡があるし、
番号非通知は着信しない設定にしているから
メッセージが入っていることの方が少ないのに
4件のメッセージが入っていた。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「もう・・帰った早々・・・」また少しイラッとしつつ
インターホンをとる。
「高橋玲子さんでいらっしゃいますか。
私、ヤマト銀行 港支店の 津田でございます。」
さっきの名刺の支店長のようだ。
「ご提案がございましてお伺いいたしました。
少しお時間いただけないでしょうか。」
丁寧な口調で推し量るように話す。
まあいい。菓子折りのことも聞けると思い、
玄関を開けることにした。
口調に合わせた丁寧な挨拶をした支店長、
そしてもう一人連れていた。
2006.06.19
日常
玲子はイラついていた。
いつものことだ。
新人がまたヘマをしたのだ。
何度言えばわかるのか。
何度言ってもわからないのか。
玲子は滅多なことでは声を荒げることはない。
それでも、今日怒鳴ってしまったのは
新入社員が顧問先への電話を忘れていたからだ。
「急いでいらっしゃると言ったじゃない!こんな簡単なこと・・・どうしてできないの!」
「・・・・すみません」
玲子たちの仕事は、税理士の補助業務である。
一般に「税理士事務所」「会計事務所」と呼ばれる事業所である。
税務申告、税務相談が主ではあるが
その業務は多岐に渡る。
玲子たち職員は何件かの顧問先を担当し、
毎月訪問して、帳簿の整合性を確認したり、
社長にアドバイスしたり、相談に乗ったりする。
それは税務に限らず、人事の問題、資金調達の問題、
その業種に特化した問題点。
社長の相談ごとの中には家庭内の問題、健康上の悩みなどが含まれることもある。
いわば、会社と社長の状態を一番把握している存在かもしれない。
そこには信頼関係が必要不可欠だ。
もちろん仕事の能力はもちろんのこと、
税理士資格を持たない一職員は
「ひとりの人間」としても認めてもらう必要があるということでもある。
玲子はこの仕事を始めてもう11年になる。
この仕事は好きだったが
最近、少し疲れていた。いろんなことに。
「すぐにお詫びの電話して」
新入社員に告げたものの、不安が残りついつい聞き耳を立ててしまう。
相変わらず敬語もちゃんと使えず、何を言いたいのかわからない。
ため息を吐きながら、誰かが言っていたことを思い出す。
「あいつは”中学生”だと思わないと、こっちが泥かぶりますよ」
確かに。そう思った。
まともな大人だと思って指示をしても、ほとんどのことが出来ていない。
フォローしてやらないと出来ないのだ。
玲子はそもそもあの新入社員に担当を持たせること自体、どうかと思っていた。
会計事務所はお金をもらって、仕事をしているのだ。
どんな小さな事業所でも、少ない顧問料でも
プロに仕事を頼んでいるのだ。
それなのにまだ半人前にもならない職員が担当だったらどう思うだろうか?
失礼な話である。
そんなことを考えても仕方がない。
所長が「育てろ」と言っているのだから
新入社員たちをみんなで指導していかなくてはいけない。
一人前に育ってくれなければ、玲子たちの仕事は増えていくばかりなのだ。
いつものことだ。
新人がまたヘマをしたのだ。
何度言えばわかるのか。
何度言ってもわからないのか。
玲子は滅多なことでは声を荒げることはない。
それでも、今日怒鳴ってしまったのは
新入社員が顧問先への電話を忘れていたからだ。
「急いでいらっしゃると言ったじゃない!こんな簡単なこと・・・どうしてできないの!」
「・・・・すみません」
玲子たちの仕事は、税理士の補助業務である。
一般に「税理士事務所」「会計事務所」と呼ばれる事業所である。
税務申告、税務相談が主ではあるが
その業務は多岐に渡る。
玲子たち職員は何件かの顧問先を担当し、
毎月訪問して、帳簿の整合性を確認したり、
社長にアドバイスしたり、相談に乗ったりする。
それは税務に限らず、人事の問題、資金調達の問題、
その業種に特化した問題点。
社長の相談ごとの中には家庭内の問題、健康上の悩みなどが含まれることもある。
いわば、会社と社長の状態を一番把握している存在かもしれない。
そこには信頼関係が必要不可欠だ。
もちろん仕事の能力はもちろんのこと、
税理士資格を持たない一職員は
「ひとりの人間」としても認めてもらう必要があるということでもある。
玲子はこの仕事を始めてもう11年になる。
この仕事は好きだったが
最近、少し疲れていた。いろんなことに。
「すぐにお詫びの電話して」
新入社員に告げたものの、不安が残りついつい聞き耳を立ててしまう。
相変わらず敬語もちゃんと使えず、何を言いたいのかわからない。
ため息を吐きながら、誰かが言っていたことを思い出す。
「あいつは”中学生”だと思わないと、こっちが泥かぶりますよ」
確かに。そう思った。
まともな大人だと思って指示をしても、ほとんどのことが出来ていない。
フォローしてやらないと出来ないのだ。
玲子はそもそもあの新入社員に担当を持たせること自体、どうかと思っていた。
会計事務所はお金をもらって、仕事をしているのだ。
どんな小さな事業所でも、少ない顧問料でも
プロに仕事を頼んでいるのだ。
それなのにまだ半人前にもならない職員が担当だったらどう思うだろうか?
失礼な話である。
そんなことを考えても仕方がない。
所長が「育てろ」と言っているのだから
新入社員たちをみんなで指導していかなくてはいけない。
一人前に育ってくれなければ、玲子たちの仕事は増えていくばかりなのだ。
| Home |


